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中村玉緒が話題だった。調べてみたを

中村玉緒さんが話題だ。令和2年8/6に徹子の部屋に出演したので話題になった。


徹子と玉緒。ご老人の会話は素敵だったと話題になった。

話題になったので中村玉緒を調べてみたを



中村玉緒再ブレイクのきっかけはさんま


中村玉緒さんは明石家さんまさんと出会い、天然キャラで大ブレイクし、数々のバラエティー番組に出演。


さらに、着物作家の千地泰弘氏に勧められ、自身の着物ブランド「中村玉緒のきもの」を立ち上げると、その後30年続く人気ブランドに成長した。





テレビ出演と着物プロデュースという2つの収入源のおかげで借金地獄から抜け出せたという。

玉緒さんは「私はお金に恵まれていないけど、80歳になりましたが、人間には恵まれているということでは幸せだと思っています」と語ったこともあるという。




そう。
中村玉緒には14億円の借金があった、、

なぜか?
それは亡き夫が作った莫大な借金だった。



中村玉緒の夫とは?


亡き夫とは、薬物事件による逮捕、自由奔放な生き方。昭和の芸能界を騒がせた俳優・勝新太郎さんだ。







中村玉緒
人間国宝の父と兄を持ち、歌舞伎界の名門・成駒屋のお嬢様として生まれた。

そして綺麗な女性だ。

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↑綺麗な女性イメージ

勝新太郎中村玉緒の2人は映画で共演し、勝さんは玉緒さんの純粋さに惹かれていったという。

勝新太郎は自宅パーティーを開催。

玉緒さんら俳優仲間を自宅に招待した。

そんな中でマネージャーは玉緒さんを外に連れ出すと、「勝さんのこと好きですか?嫌いですか?」といきなり質問。突然の展開に玉緒さんは「好きか嫌いかでいうと、好きです」と答えたという。すると一週間後、「勝さんが結婚を前提にお付き合いをしたい」と、マネージャーから結婚の申し込みがあった。


勝新太郎のマネージャーなのか中村玉緒のマネージャーなのかはわからない。



出会いから7年後。勝さん30歳、玉緒さん22歳のとき2人は結婚。プロポーズはなかったという。同じ年に長女、2年後には長男を授かった。





結婚後、出演作を立て続けにヒットさせた勝さんは、35歳で映画制作会社「勝プロダクション」を設立。だが、14年後にこのプロダクションは倒産。



倒産の理由は多額の借金。勝さんは映画づくりへのこだわりから制作費を使い続けた。

それだけならまだよい。勝新太郎は毎晩のように夜の街で飲み歩き豪遊していたため、借金が膨らんでいったという。

その結果、勝プロダクションが抱えた負債は12億円。勝さんの名義ではこれ以上、借金ができなくなったため、玉緒さん名義で2億円の借金を重ね、総額14億円に膨れ上がる。


勝プロダクション倒産後、借金返済のため「勝プロモーション」を設立。

玉緒さんが社長となった。かなり追い込まれた状況だが、玉緒さんは新会社設立の会見で「(借金は)明日にでも返したいんですけど。主人の働く具合とみなさまのお仕事をいただく具合と、私の勝新太郎をどう働かしていく具合でずいぶん違ってくると思う」と話すように、切羽詰まった様子は全く感じられない。一方、勝さんも14億円の借金くらいで悪びれる様子は見せなかった。

14億円の借金をどのように返したのか問われた玉緒さんは「20年くらい、毎月500万円ずつ」と明かす。


驚きだ。


玉緒さんは「だってその頃、私は売れていましたから」と笑った。






勝新太郎といえば逮捕。

今ならバッシングの嵐と炎上、引退、自粛などだろう。。




1990年に勝新太郎は旅行先のハワイの空港で現行犯逮捕される。

パンツの中に大麻とコカインの入った袋を隠し持っていたから。

急きょ、現地で記者会見が開かれると、勝さんの「これからパンツをはかない」というコメントは、芸能史と記憶に残る名シーンとなった。


そのパンツは中村玉緒が買ったパンツだという。



勝新太郎逮捕で一人で日本の自宅にいた玉緒さんは、警察の家宅捜索を受けた。

その時、玉緒さんは警察に対して「『ごゆっくり探してください』とおにぎりを作って、『どうぞゆっくり、いろいろと…』」ともてなしたという。

Theマイペース

勝新太郎は日本で懲役2年6ヵ月執行猶予4年の判決が下るとまた問題発言


「執行猶予4年というのは俺にとってはアカデミー賞」と“勝新節”を見せた、事務所社長の玉緒さんは、勝さんに代って世間に頭を下げ続けた。

今なら半端ない叩かれ方をする(ネットで)



勝新太郎の奔放エピソードはまだある。

黒澤明監督との衝突だ。

黒澤監督の名作『影武者』(1980年)の主役・武田信玄役に抜擢されていた勝新太郎


ところが撮影が始まった頃、黒澤監督の楽屋を訪れた勝さんは、当時すでに映画界の絶頂を極めていた監督に対し、「役作りのためにカメラを入れたい」とお願いする。

役作りへのこだわりが強かった勝さんは、撮影現場に「自分だけを撮影するカメラ」を置いて演技をチェックしたいと申し出たが、黒澤監督は勝さんの頼みを一蹴。すると、その場で勝さんは映画の降板を宣言した。


わがままにも度がある!!と今なら炎上案件。


映画が完成して試写会が行われた。


勝新太郎
自ら降板した映画『影武者』の試写会に一人で堂々と出席。

誰にも呼ばれてないのに




しかも感想を求められると「俺が出たら変わったような気がする。これは言えないけど、映画人としてはっきり言えば失敗だと思う」と、ダメ出し。相手が“世界のクロサワ”であっても、全くブレていなかった。 我が強すぎる。

スターすぎる


ちなみに、勝さんのが降板した後、仲代達矢さんが主演を努め、『影武者』は、カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞している。



中村玉緒さんは試写会に一緒に正式に行きたかったという。



勝新太郎
「下咽頭がん」となった。

飲酒や喫煙によってリスクが高まると言われている。勝はお酒とたばこをこよなく愛してきた


医師からは助かるために声帯の切除が必要だと勧められたが、勝さんは声を失うくらいなら死んだ方がマシだと手術を拒否した。



がん公表会見では、記者にお酒やたばこをやめたのかと問われ、堂々と「やめた」と答えた勝新太郎


しかし、たばこを取り出すと、そのまま会見中に吸い始めるというまるでコントのような一幕は有名。


勝さんらしい会見だが、実はこれは勝さんなりのパフォーマンスで、実際は飲酒も喫煙も控えていた。



そんな破天荒な夫を持った中村玉緒は逆におっとりしている。



勝さんがこの世を去って相当経つが、玉緒さんは今でも夫である勝さんを愛し続けているようだ。